テーマ:シャングリラ

シャングリラ紀行 9.梅里雪山

 今日は撮影の最終日。昨日の夕方からの好天で、期待の朝を迎えた。ホテルの屋上でスタンバイの人も多かったようだが、私は暗いうちから飛来寺展望台に出て三脚を据えた。しかし、薄明るくなるにつれ観光バスも数台到着し、国内外のカメラマンやら巡礼者などで三脚の移動が出来ないほどの混雑ぶりになってきた。  上空はよく晴れているが、梅里雪山には雲…
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シャングリラ紀行 8.徳欽にて

 10月20日。今日明日が梅里雪山の撮影日だ。なんとか美しい朝焼けの雪山を撮って帰りたいものである。4時前に起きだして撮影の準備をしたが、天気は曇りで小雨も降りだした模様である。少し明るくなってホテルの屋上に出てみると、雪山は雲に覆われて姿は見えない。三脚を立てている人も数人いたが、今朝の撮影は駄目と皆半ば諦め顔だ。  朝食の後、…
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シャングリラ紀行 7.徳欽への路

 5日目の今日は香格里拉から徳欽へ移動の日だ。徳欽までは約190キロ、標高2000メートルの谷底から4000メートル以上の峠までを車で上り下りしながら、直行しても6時間ほどかかる。  朝 8:35 にホテルをバスで出発、天気は依然はっきりしない。香格里拉の市街を出外れて、昨日行った依拉草原の近くで松賛林寺が眺望できる。そこでさっそ…
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シャングリラ紀行 6.松賛林寺

 石カー雪山を下山してからホテルに戻り、昼食の後しばらく部屋で休憩、午後3時から松賛林寺(ショウサンリンジ)に出かけた。松賛林寺は、中甸の町が「香格里拉」に決定される由縁にもなったチベット仏教寺院で、ラサにあるポタラ宮に次ぐ規模の大寺院である。(中甸が香格里拉に改称された経緯については、{1.「失われた地平線」の地へ}をご参照くださ…
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シャングリラ紀行 5.石カー雪山

 10月18日。今日午前中ははシャングリラの西方に聳える霊山、標高4600メートルの石カー雪山に登る。今回の旅行で一番の高地である。空気はかなり薄くなるので、ホテルで携帯用の酸素ボンベを2本買って持って行くことにした。  ロープウェイ駅へ向かう途中で、石カー雪山の全景の撮れる場所で下車。素朴なチベット家屋と裸麦を干した棚を前景にし…
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シャングリラ紀行 4.普達措国家公園

 10月17日は早朝まだ真っ暗なうちに、ホテルで用意した朝食弁当を持って出発した。貸切バス2台に分乗し、皆が大きなカメラザックを抱えて夫々2座席を使用する。バスには川口先生と呉さんが分かれて乗り、また昨日から同行している男女2人の若い現地ガイドも2台のバスに分乗した。明日からも座席の組み替えはあるが、この態勢で最終日まで行動すること…
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シャングリラ紀行 3.シャングリラの街

(前回からだいぶ日にちが空いてしまったが、シャングリラ紀行の記述を再開します)  10月16日朝、シャングリラ到着後、直ちに空港から専用バスでホテルに直行した。我々は今日から6日間、標高3200メートル以上最高4600メートルの地に滞在するので、高山病対策のため今日は夕方までホテルでゆっくりして高地に慣れなければならない。  ホ…
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シャングリラ紀行 2.初めての中国へ出発

 中国を訪れたのは今回が初めてである。正直言って、今まで私は中国に特別の興味を持つことはできなかった。家族が敦煌とか桂林へ出かけた時も、私は行きたいとは思えなかった。別に特別の理由がある訳ではないが、なぜか中国へ行くのは気が進まないのである。その私が今回敢えて行く気になったのは、あくまでも目的地がシャングリラであり、梅里雪山だったか…
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シャングリラ紀行 1.「失われた地平線」の地へ

 私は10月中旬、撮影ツアーに参加して中国雲南省北西部にある香格里拉(シャングリラ)、徳欽を旅してきた。その模様を何回かに分けて記してみたい。  ここ香格里拉はイギリスの作家ジェームス・ヒルトンの小説「失われた地平線」に描かれている理想郷 Shangri-La のモデルと云われた地である。  小説「失われた地平線」は1933…
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