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zoom RSS 奈良紀行 6. 薬師寺

<<   作成日時 : 2016/08/30 15:56   >>

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・薬師寺 (6月5日)
 今回の旅行最後は薬師寺である。
 薬師寺には今まで幾度となく来ているが、最初は大阪勤務時代の昭和40年代初めであった。当時の高田好胤管主が金堂の前で、小さな台に乗って、修学旅行生を前にして講話をしているのを、その近くで一緒に聴いた記憶がある。当時の境内はまだ荒れた状況も残り、金堂は現在興福寺に移築されている旧金堂 (「奈良紀行 3.興福寺」参照) で、天井の低い金堂の中に黒光りをした薬師三尊像が立っていた。この時の金堂の様子と薬師三尊像の美しさは今でも瞼の奥にイメージが残っている。
 ちょうど同じ頃だろうか、昭和42年に、高田好胤管主により薬師寺白鳳伽藍の復興が発願された。失われた堂塔の復興を薬師寺の大悲願とし、写経勧進によって、金堂・西塔・中門・回廊・更に大講堂も復興され、白鳳伽藍の美しさが見事に甦った。そして現在も、食堂の復興工事と東塔の解体修理が進行中である。
 今回は玄奘三蔵院伽藍の方から見て回った。
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 玄奘三蔵は「西遊記」で有名な中国唐時代の僧侶で、17年間にわたりインドで勉学し、帰国後は持ち帰った1335巻もの経典の翻訳に専念して、「瑜伽唯識(ゆがゆいしき)」の教えを究めた。その教えを継承している宗派が法相宗で、現在、薬師寺と興福寺が法相宗大本山である。薬師寺玄奘三蔵院伽藍の中央に玄奘塔がある。
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 玄奘塔には玄奘三蔵の頂骨を舎利として奉安しているといわれ、須弥壇には玄奘三蔵像が祀られている。右手には筆を、左手には貝葉(インドのお経)を手にしており、天竺からの帰朝後、経典の翻訳作業中の玄奘三蔵の姿をモデルにしたものと云う。
 玄奘塔の後方にある大唐西域壁画殿は、平山郁夫画伯が30年の歳月をかけ完成した壁画が絵身舎利として祀られている。この壁画は、玄奘三蔵の求法の精神をえがいたもので、東は中国の「明けゆく長安大雁塔」から始まり、西のインド「ナーランダの月」で終わる七画面の構成である。中央の壁画は、雪を頂いた青空に映える須弥山である。私は以前、ネパール・シャンボジェのエベレストビュウホテルに二日間滞在してヒマラヤの山々を眺め、撮影したことがあるが、この壁画の画面は、シャンボジェから遠くにエベレストを眺望するものと同じである。この壁画を観るのは(東京国立博物館の薬師寺展を含めて)3度目だが、その度に懐かしさを覚えながら拝観したものである。   (続く)



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