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zoom RSS 奈良紀行 5. 法華寺

<<   作成日時 : 2016/07/30 15:41   >>

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・法華寺 (6月5日)
 唐招提寺を拝観のあと法華寺に向かった。途中、24号線の奈良バイパスを通ったが、近鉄奈良線を跨ぐ辺りで高架になってカーブする所がある。ここが平城宮跡を見る絶好の場所で、徐行するバスの車窓から、復元された大極殿を中心として平城宮跡全体を見渡すことが出来た。
 法華寺は、元は藤原不比等の邸宅があった場所で、不比等の没後は娘の光明子が相続し、光明子が聖武天皇の皇后になると、ここが皇后宮になった。こうした経緯から、法華寺は藤原氏の氏寺に近い性格をもち、同時に大和国の国分尼寺でもあった。現在、境内には本堂・鐘楼・南門(いずれも重要文化財)などが建っている。
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 本堂に安置される本尊は国宝の十一面観音立像である。この仏像は約1メートルの木造で、腰をひねり、右足を少し踏み出した動きのある姿である。朱色の唇など、一部に彩色があるが、ほとんどが木肌のままで美しい仏像である。
 法華寺は光明皇后と縁が深い寺であるが、「法華滅罪寺縁起」という文献では、この像を光明皇后の自作と記しているという。また、古来この像は皇后をモデルにしたという説が伝えられている。なかでも「興福寺濫觴記」には、天竺(インド)から問答師という仏師が遣わされて皇后の姿を彫刻したとの記載があるという。これらの説は事実ではないと思われるが、この十一面観音を見ていると、そのような伝承も宜なるかなと感じられる印象である。
 光明皇后は、施薬院、悲田院などを設置した社会福祉の先駆者として知られる。施薬院は今の病院に当たり、悲田院は貧窮者や孤児のための施設に当たる。また、光明皇后は法華寺内に浴室(からふろ)を建立し、伝説では自ら千人の衆生の垢を流し難病者を救ったという。
 境内に浴室(からふろ)と井戸がある。この浴室(からふろ)は明和3年(1766)に再建され、平成15年に解体修理されたものである。
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 現在、この浴室(からふろ)の内部は公開されていないが、二部屋になっていて、両方とも蒸し風呂で、近年まで実際に利用されていたという。和辻哲郎の「古寺巡礼」を読むと、この浴室内の様子とこれに関する伝説が記されている。それによると、浴室内に光明皇后施浴の図が額にして掲げてあり、それは、同じ構造の浴室に重病人がうずくまり、十二単に身を装うた皇后がその側に佇立している図だという。





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