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zoom RSS 奈良紀行 3. 興福寺

<<   作成日時 : 2016/07/07 17:01   >>

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・興福寺 (6月4日)
 興福寺は久しぶりである。以前、西国三十三観音巡りで興福寺南円堂(第九番札所)を訪れたとき以来である。今回、ここへ来る前に参拝した白毫寺境内の見晴台から奈良市街を見渡したが、五重塔の後ろに巨大な建設やぐらが見えた。これは興福寺「中金堂」を再建工事中のものである。
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 興福寺は、平家による南都焼き討ちの際、わずかな小院を除いてすべての堂塔が焼失したのを始めとして、1300年間に大小百回以上も火災に遭ったという。しかも驚くべきことに、興福寺はそのつど天平当時の同じ場所、同じ型で再建することにこだわってきた。中金堂も7回、火災に遭っているが、創建時からずっと同じ礎石の上に建っていたという。
 しかし、寺の勢威が衰えた江戸時代、享保の大火(1717年)で伽藍の西半分が焼けたあと、中金堂は本格的な再建ができず、1819年に再建されたひと回り小さな仮金堂のまま明治を迎えた。現在諸像を安置する仮金堂は1975年に薬師寺の旧金堂を移築してきたもので、それまでの江戸時代の仮金堂は2000年に解体された。
 今回、平成の復興は、世界遺産に登録された1998年に始まった。2007年までに、中門・回廊・中金堂の基壇が整備されて、現在は本体の建築工事が進められている。(下の写真の右側に見えるのが、工事現場の一部である。)
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 創建当時の設計図は勿論ないわけで、「春日社寺曼荼羅図」をはじめ多くの絵図や江戸時代の実測図を参考にしながら建設され、天平時代そのままの姿形と大きさが、享保の大火以来、実に300年振りに再現されることになる。既に2014年に上棟式が行われ、2年後の2018年に新「中金堂」が落成したあかつきには、長年仮金堂に仮住まいされていた本尊釈迦如来坐像や四天王像が戻ってくる。その完成した姿を見られるのが、今からとても楽しみである。
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 今回私たちは、東金堂(上の写真左の建物・国宝)と国宝館で多くの仏像を拝観してきた。東金堂には薬師三尊像のほか、いずれも国宝の十二神将像・四天王像・文殊菩薩像・維摩居士像が安置されている。維摩は大乗仏教の重要経典の一つである「維摩経」に登場する伝説上の人物で、在家仏教徒の理想像とされる。この維摩居士像は、実在の老人のようにリアルに表現されており、その眼差しには真に迫るものが感じられた。
 国宝館は、まさに国宝の館で、巨大な千手観音立像を中心に、有名な阿修羅を始めとする八部衆立像・十大弟子立像・法相六祖像ほか数えきれぬほどの国宝が立ち並んでいる。法相六祖像は、玄ムなど法相宗の六人の高僧の肖像彫刻で、容貌は写実的に表現され、平安末期から鎌倉時代にかけての肖像彫刻の代表的傑作の一つと云われている。
 このように、度重なる戦火・火災あるいは廃仏毀釈のなかを生き延びてきた興福寺の堂塔そして仏像達を見てくると、これらを守り復興してきた我が日本民族はまさに世界有数の文化的民族であることを実感する次第である。



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