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zoom RSS 奈良紀行 1. 喜光寺

<<   作成日時 : 2016/06/19 11:05   >>

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・喜光寺 (6月4日)
 久しぶりに奈良へ旅行に出た。3年前に桜撮影で奈良地方へ行ったことはあるが、奈良の仏像を観る旅は20年振りくらいだろうか。今回は、唐招提寺の鑑真和上像の御開帳に合わせての日程で、6月4・5日の一泊二日で6ヶ寺を回る計画である。テーマは、鑑真をはじめ行基など奈良時代の名僧の彫像を観ることにある。京都で新幹線から近鉄特急に乗り換え、大和西大寺駅で降りると直ぐにマイクロバスで喜光寺へ向かった。今回は、現地参加の講師の他は添乗員を含めて10名という小グループの旅行である。
 喜光寺は、養老5年(721) 行基が創建した寺で、「行基菩薩の寺」と云われている。行基は、東大寺の大仏建立勧進の全国行脚を行い、聖武天皇から日本最初の大僧正に任ぜられた名僧であるが、喜光寺を拠点にして、数々の社会事業を成し遂げた僧だということを、私は今回初めて知った。
 私は、初めて喜光寺を詣でたのだが、寺の前に立つと、平安遷都1300年の平成22年に復興したという真新しい南大門と、室町時代に再建されたという本堂との、二つの大きな建物が新旧対照的に姿を見せた (このページトップの写真)。
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 本堂は、この寺の本山・薬師寺の東塔や金堂と同様、裳階を付けた美しい復古建築である。案内してくれた副住職の話では、行基が東大寺造営にあたり、この本堂を参考にしたという伝承から、「試みの大仏殿」として知られているという。本尊は立派な丈六の阿弥陀如来で、脇侍の観音・勢至菩薩も親しみやすい表情の仏像である。
 本堂の裏に回ると左手に行基堂が東方を向いて建っている。その中には行基菩薩座像が安置されている。この坐像は、唐招提寺所蔵(重文)の行基坐像を、入滅1250年を記念して複製されたものと云う。
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 行基菩薩像の背面周囲に千躰地蔵が並んでいる。これは、信者が永代供養のため奉納したものである。この寺には写経道場もあり、写経勧進も盛んに行われている模様だ。当寺の住職は薬師寺管長も兼ね務めているようで、本山薬師寺との結び付きは強いものと思われる。近年、薬師寺の伽藍整備が著しいが、当寺もそれに倣って整備され、立派になってきているのであろう。
 寺の片隅に、歌人で東洋美術史学者・会津八一の歌碑があった。
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         ひとりきて かなしむてらの しろかべに
                   汽車のひびきの ゆきかへりつつ 
 会津八一 (1881-1956) は大正10年と11年の秋に一人で喜光寺を訪れ、荒廃した寺を目の当たりにし、悲しさに心がうちひしがれてこの歌を詠んだという。彼は「自註鹿鳴集」に、『この歌を詠みしは、この寺の屋根破れ、柱ゆがみて、荒廃の状目も当てかねし頃なり。住僧はありとも見えず。境内には所狭きまでに刈稲の束を掛け連ねて、その間に、昼も野鼠のすだくを聞けり。・・・』と記している。
 もし、会津八一が現在の喜光寺の復興繁栄ぶりを目にしたら、どんなにか驚き、喜ぶことであろうか。




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