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zoom RSS オペラ「サロメ」を観る

<<   作成日時 : 2016/03/15 21:40   >>

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 3月6日、私は新国立劇場のオペラ「サロメ」を観てきた。
このオペラは、預言者ヨハネの首を望む少女・・・という新約聖書に記された挿話を基にしたオスカー・ワイルドの戯曲をリヒヤルト・シュトラウスがオペラ化したものである。 ヘロデ王から踊りの褒美として何でも所望せよと言われた王女サロメは預言者ヨハナーン(ヨハネ)の首を求め、銀の皿に載せたヨハナーンの生首と抱いて、その唇にキスをして恍惚となる、というストーリーである。このワイルドの戯曲は、耽美的で退廃的な内容であり、更にオーブリー・ビアズリーが描いた挿絵がその世紀末世界観を決定づけて有名になったという。1896年の初演当初は、聖書のエピソードを大胆に解釈した題材が教会から批判を浴び、官能的過ぎる演技は上演禁止を招いたりした。
 オペラ「サロメ」では、この作品の背徳性に大胆な不協和音の大音響が加わり、その中に甘美で官能的な旋律が魅力を発散する。1905年の初演は38回のカーテン・コールを記録する大成功だったといわれ、「サロメ」はリヒヤルト・シュトラウスの出世作になった。
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 私はオペラ「サロメ」を今までDVDやBS放送では見てきたが、観劇は今回が初めてである。この公演はアウグスト・エファーディングの演出で2000年の新制作。このプロダクションは02年、04年、08年、11年と再演され、私が観た今回は6度目の公演である。舞台は大掛かりな物で、中央に巨大な古井戸を据えて迫力と妖しさを漂わせ、演出も具象的であり、観ていて楽しいが、銃を持った衛兵など歌わない出場者(黙役。このオペラに合唱はない)が多過ぎるという点が気になった。
 今回の出演歌手は、サロメ役にはR・シュトラウスやワーグナー作品を中心に世界的に活躍し、ウィーン・パリ・ベルリンでサロメを演じているカミッラ・ニールント。ヨハナーン役にはワーグナー歌手として第一線で活躍し、ヨハナーンをメトロポリタンその他で歌っているグリア・グリムスレイである。
 「サロメ」の上演時間は1時間45分ほどで比較的短いが、1幕4場が楽曲の切れ間なく続き、ほぼ一人舞台に近く演ずるサロメは極め付きの難役である。ヘロデ王の求めに応じて踊る「7つのヴェールの踊り」は十数分と長く、それに続くヨハナーンの首を抱えてのモノローグも長大なものである。これを演じきったニールントは素晴らしかった。特に最終のキスシーンの熱唱は鬼気迫るものであった。「7つのヴェールの踊り」は半裸に纏ったヴェールを一枚ずつ脱ぎながら踊る官能的な踊りである。私は以前BS放送で、マリア・ユーイングが演じたサロメを観たが、彼女の「7つのヴェールの踊り」はヌードショーまがいの踊りであった。今回ニールントのヴェールの踊りは官能的であるものの節度あるものであった。
 ヨハナーン役のグリムスレイは、近年メトロポリタン歌劇場の「ニーベルングの指輪」ヴォータン./さすらい人で大好評を博したというだけあって、素晴らしい歌唱力である。地下牢から聞こえてくる声には迫力があり、井戸から引き出されてからの演技も堂々としている。グリムスレイは、当劇場の16/17シーズンで「ワルキューレ」のヴォータン、「ジークフリート」のさすらい人に出演予定であり、既に予約済みの私も大きな楽しみである。
 管弦楽はダン・エッティンガー指揮の東京交響楽団で、なかなかの熱演である。特に「7つのヴェールの踊り」の場の演奏は聴き応えがあった。

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 冒頭に記したように、このオペラは聖書のエピソードを題材にしたものであり、「サロメ」の「原作」は聖書だといえる。クリスチャンでない私は今まで読んでなかったが、観劇後に新約聖書の該当部分を読んでみた。少し長くなるが、下記に引用してみる。

 『実は、ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻と結婚しており、そのことで人をやってヨハネを捕えさせ、牢につないでいた。ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚するのは律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。そこでヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。ところが、良い機会が訪れた。ヘロデが、自分の誕生日の祝いに高官や将校、ガリラヤの有力者などを招いて宴会を催すと、ヘロディアの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と固く誓ったのである。少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は「洗礼者ヨハネの首を」と言った。早速、少女は大急ぎで王のところへ行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と願った。王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、客の手前、少女の願いを退けたくはなかった。そこで王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持ってくるように命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。』          (新約聖書 マルコ6章17-28節)
 
 このように、宴会で踊った少女については、聖書では「ヘロディアの娘」や「少女」としか書かれておらず、名前は記されていない。洗礼者の首を求めるのも、聖書ではヨハネを憎む母親ヘロディアの差し金である。「七枚のヴェール」を脱ぎながら最後は裸で踊った、とも書かれていない。あくまでも,いとしい男にキスするために首を切り取らせる妖艶な悪女「サロメ」のイメージは、すべて作家ワイルドと作曲家シュトラウスの想像力の産物なのである。
 ところで、サロメという名前は聖書には登場しないのだろうか?。調べてみると、マルコ16章1節にイエスの復活を目撃する女弟子の一人にサロメという女性がいるが、もちろん全くの別人である。
 



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