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zoom RSS 奥の細道紀行 40. 大垣 ・ 旅を終えて

<<   作成日時 : 2015/02/11 12:37   >>

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・ 敦賀〜大垣  (2014. 12. 4〜5.)
 敦賀から大垣までは決して至近の距離ではないのだが、芭蕉がどこを通って大垣まで辿り着いたかは、今でも謎とされている。私たちは、長浜を経由して大垣まで、芭蕉も歩いたと思われる場所を辿って行った。
 敦賀・色の浜を後にして、先ず最初に立寄ったのは福井・滋賀の県境にある西村家である。西村家には「おくのほそ道」素龍清書本が残る。表紙に貼った題簽だけは芭蕉の直筆である素龍本は、芭蕉没後、遺言により弟子の向井去来に渡り、その後幾人かのもとを経て、敦賀の俳人白崎琴路に移り、現在は琴路の親戚であるこの西村家に保管されている。
 西村家が経営している民芸茶屋「孫兵衛」で麦とろ定食の昼食をとった後、奥座敷で第16代当主から芭蕉と西村家の由緒・素龍本の経緯等について説明を聞き、西村本といわれる素龍清書本を見せて頂いた。厳重に保管されている原本はガラス窓の付いた桐の箱に入れられている。重要文化財に指定されていて、写真撮影はできないが、ガラス越しに真近で見ることができた。流れるように柔らかな筆致が素晴らしい。併せて見せてもらったコピー本は撮影させて貰ったが、こちらでその筆使いの見事さが確認できる。(なお、この西村本のほかに素龍が清書した柿衞本と呼ばれる写本(伊丹市・柿衞文庫蔵)があるが、そのコピー本も見せてもらった。)
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 この素龍本は、多くの芭蕉研究家などが見に来ている。そして記帳していった署名帳を十冊ほど西村さんが出してこられた。その第1冊目の1ページ目には、俳人で芭蕉研究家であった加藤楸邨の記帳があった。
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 その後、私たちは滋賀県に入って、浅井家の居城でお市の方と茶々ら三姉妹ゆかりの小谷城跡・日本最大の芭蕉句碑のある慶雲館を見て長浜市内のホテルで一泊、翌日は木造芭蕉像と句碑がある良禱寺・長浜八幡宮・織田徳川連合軍と浅井朝倉連合軍が激戦を繰り広げた姉川古戦場・石田三成ゆかりの観音寺などを見学して、関ヶ原を通って大垣に到着した。

・ 大垣  (2014. 12. 5.)
 等栽の案内で敦賀・色の浜の秋を満喫した芭蕉は、敦賀まで出迎えに来た露通を伴って美濃国大垣に入った。「おくのほそ道」には、『露通もこの港まで出で迎ひて、美濃の国へと伴ふ。駒に助けられて大垣に入れば、曾良も伊勢より来たり合ひ・・・如行が家に入り集まる』と記している。そして、集まった親しい門弟たちにいたわられて、しばし長途行脚の疲れを癒した。
 大垣に逗留すること二週間余り、『長月六日になれば、伊勢の遷宮拝まんと、また舟に乗りて、 蛤の ふたみに 別れ行く秋ぞ 』 と詠み、 芭蕉は木因・如行らに見送られて、水門川を経て揖斐川を下って行き、伊勢へと向かったのである。大垣で「奥の細道」の旅は結ばれたが、“人生は永遠の旅なのだ”という芭蕉の旅は終わらない。
 私たちは、大垣に着いて先ず正覚寺へ行った。入口に「史蹟芭蕉木因遺跡」の標柱が建ち、境内には「芭蕉塚」があり、その周囲に「あかあかと日はつれなくも・・・」の句碑や木因の墓もある。谷木因は大垣の廻船問屋で、芭蕉の伊勢行きに際して、持舟を提供した俳友である。
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 次に私たちが訪れたのは八幡神社。境内には「折々に伊吹をみては冬ごもり」の句碑があった。この八幡神社鳥居前の道路には、真っ赤な欄干の「武者溜橋」という橋が水門川に架かっている。市街地を流れるこの水門川沿いに、大垣駅東の愛宕神社から船町の「奥の細道むすびの地」まで2,200メートル及ぶ遊歩道「四季の路」があり、武者溜橋はそのほぼ中間点である。
 この「四季の路」は、奥の細道全行程2,400キロをこの四季の路2.2キロに見たて、愛宕神社前の矢立初めの句碑から、むすびの地の「蛤のふたみに・・・」の句まで、奥の細道で芭蕉が詠んだ代表句22句の句碑が並び建ち、「ミニ奥の細道」として整備されている。
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 私たちは、この旅の最後に、武者溜橋から水門川岸沿いに1キロ余りの道を歩いて「奥の細道むすびの地」にゴールした。ここには、「むすびの地」の標柱と「芭蕉翁と木因翁」像が建てられている。道路を挟んで向かい側が谷木因宅跡に当たる所で、現在「奥の細道むすびの地記念館」になっている。記念館では、AVシアターの大スクリーンで3D映像「奥の細道」を鑑賞し、芭蕉館の貴重な資料を見学した。
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 水門川を挟んで対岸には、船町港の名残として住吉燈台があり、川には川舟が繋がれていた。芭蕉はここから伊勢に向かい船出したのである。
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・旅を終えて
 2013年9月から2014年12月まで、月一のペースで15回、延べ36日に亘る奥の細道を巡る旅が終わった。最初は 「ゆっくり2〜3年かけて」と思っていたが、始めてみると止められず毎月出かけることになった。初めて訪れる土地も多く、終始新鮮な体験を味わい乍ら旅を続けることができ、名実ともに私の70歳代最大のイベントとなった。此の間は、私の旅行も読書も「奥の細道」一辺倒になり、趣味の写真に関しても、撮影・ウェブ発表・写真展出品ともに、奥の細道以外は皆無に近かった。まさに「奥の細道」漬けの1年半であったが、これも家族の理解協力と友人たちの声援があったればこそで、有り難いことである。
 芭蕉の「奥の細道」は、歌枕の地を訪ねて能因・西行らの詩心を検証してまわる、いわば歌枕巡礼の旅として始めたものであるが、同時に歴史への旅、敗者の歴史を辿る旅でもあった。特に悲劇の武将、義経・義仲への思いは強かった。私も平泉や小松を訪れた際に、その芭蕉の思いを少しは実感できた。
 しかし、芭蕉が義仲よりもはるかに深い敬慕を寄せていた西行は義仲が大嫌いであった、ということを私は最近になって知った。芭蕉はこのことを知っていたのだろうか?、大変興味深いことである。
 40回に及んだこのブログを書き終わり、これで私の奥の細道は一応卒業であるが、今後も機会を求めて、上記の点を含めて芭蕉と西行について更に調べてみたいと思っている。

 (参考資料)
  新版 おくのほそ道  松尾芭蕉 (穎原退蔵・尾形仂 訳注)   角川文庫
  芭蕉の山河 ーおくのほそ道私記ー  加藤楸邨      講談社学術文庫
  松尾芭蕉・「おくのほそ道」        長谷川櫂       NHK出版
  奥の細道の旅ハンドブック        久富哲夫      三省堂 
  奥の細道    (構成・文)尾形功・嶋中道則・他      学習研究社
  奥の細道あちらこちら・句碑を追って 栃本忠良       ぶんしん出版
  ぼくの細道              ロバート・リード      窓社

以上の本は、この1年半の間、旅行の前後に繰り返し読んだ資料である。
旅を終えて、もう少し芭蕉と奥の細道について知りたいと思って読みだしたのが、次の本である。

  「おくのほそ道」を語る           尾形功       角川選書
  芭蕉のうちなる西行            目崎徳衛      角川選書 




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              ★ 筆者のホームページ ★
             ENAKA PHOTO GALLERY
                  http://www.enaka.jp/
             特設ギャラリー 「特集・奥の細道」
                http://www.enaka.jp/hosomiti.html

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