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zoom RSS 奥の細道紀行 39. 敦賀〜色の浜

<<   作成日時 : 2015/01/29 16:39   >>

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・ 敦賀  (2014. 12. 4.)
 芭蕉が敦賀に着いたのは、仲秋の名月の前日であった。「おくのほそ道」には、『十四日の夕暮れ、敦賀の津に宿を求む』とある。宿は出雲屋であった。山中温泉で芭蕉と別れた曾良が、先に敦賀に着いて手配している。「曾良随行日記」に『十日快晴・・・出雲や弥市良ヘ尋。金子一両、翁へ可渡之旨申頼、預置也』とある。出雲屋の跡は現在レストランになっており、道路脇に「芭蕉翁逗留出雲屋跡」の標柱が建っている。
 芭蕉が着いた十四日の夜は晴れていた。明日の仲秋の名月も晴れるだろうかと出雲屋の主人に聞くと、『越路の習ひ、なほ明夜の陰晴はかりがたし』とあるじに酒を勧められて、気比明神へ夜参りに連れて行かれた。そして、遊行二世の上人が自らの手で浜から砂を運んで参道を改修したという神事を聞かされる。翌十五日は『亭主のことばにたがはず雨降る』のであった。
 気比神宮は、越前国一の宮である。立派な大鳥居は厳島神社・春日大社と並んで日本三大木造鳥居の一つである(このページトップの写真)。大鳥居の通りを挟んで真向いに、遊行上人お砂持ちの像が建っている。
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 気比神宮に参詣した芭蕉は、「なみだしくや遊行のもてる砂の露」と詠み、のちに推敲を重ねて「月清し遊行のもてる砂の上」とした。また、翌十五日は雨に降られたので、「名月や北国日和定なき」と雨名月の句を詠んだ。この二句は、いずれも「おくのほそ道」に記載されている。
 気比神宮の境内に行脚姿の芭蕉像が建っている。台座には「月清し・・・」の句が刻してある。その隣には、「芭蕉翁月五句」の碑がある。この句碑は、芭蕉が敦賀で詠んだ月の句7句の内の5句を刻したものである。
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                  芭蕉翁月五句
              「国々の 八景更に 気比の月」
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              「ふるき名の 角鹿や恋し 秋の月」
              「月いづく 鐘ハ沈る 海の底」
              「名月や 北国日和 定なき」
 私たちは敦賀で、気比神宮・出雲屋跡のほか、金崎宮・天屋玄流旧居跡などを見て回った。天屋玄流旧居跡は、芭蕉を色の浜に案内した『天屋某といふ者』即ち敦賀の廻船問屋天屋五郎右衛門(俳号玄流)宅跡である。
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 金崎宮は金ヶ崎城址の麓にある。私たちは金崎宮の宮司から金ヶ崎城址に纏わる話を伺った。金ヶ崎城は、延元元年(1336)に貴良・恒良両親王を奉じた新田義貞が足利軍と戦った古戦場で、金崎宮には両親王が祀られている。また、元亀元年(1570)、織田信長の越前朝倉攻めの折に、浅井長政の裏切りで窮地に陥って総退却した際、秀吉が殿(しんがり)を務め功を挙げた地で知られる所でもある。
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 足利軍との戦いに敗れた新田義貞の嫡子善顕は陣鐘を海に沈めた。のちに国守が海士に探らせたが、陣鐘は逆さに沈み、龍頭が海底の泥に埋まって引き上げることが出来なかった。芭蕉がこの話を宿の主人から聞いて詠んだ句が、上記の一句「月いづこ鐘は沈る海の底」である。金崎宮への参道入り口の前、金前寺の境内裏手にこの句碑があり、鐘塚と呼ばれている。
 この後私たちは、日本三大松原の一つである気比の松原と、常宮神社の国宝朝鮮鐘を見た後、色の浜に向かった。

・ 色の浜  (2014. 12. 4.)
 敦賀湾北西部にある色の浜は、西行が 「汐染むるますほの小貝拾ふとて色の浜とはいふにやあるらん」と詠んだ地で、芭蕉にとっては是非とも訪れたい場所であった。「おくのほそ道」には、『十六日、空霽(は)れたれば、ますほの小貝拾はんと、種(いろ)の浜に舟を走す。・・・天屋何某といふ者、破籠・小竹筒などこまやかにしたためさせて・・・』と記している。敦賀の廻船問屋天屋五郎右衛門(俳号玄流)が舟を出して案内した。
 「おくのほそ道」には続けて 『浜はわづかなる海士の小家にて、侘しき法華寺あり。・・・夕暮れの寂しさ、感に堪へたり』とある。芭蕉は夕暮れの寂しさを源氏物語の「須磨」のシーンになぞらえて句を詠んでいる。
 『侘しき法華寺』 は現在の本隆寺である。私たちは、色の浜に着くころから本降りになった雨の中を、本隆寺に行った。山門もない道端に「開山堂」があった。本堂は奥の少し高くなった所に建っている。境内には、西行の「汐染むるますほの小貝拾ふとて・・・」の歌碑と、芭蕉がこの地で詠んだ四つの句碑が建っている。
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              「寂しさや 須磨に勝ちたる 浜の秋」
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               「波の間や 小貝にまじる 萩の塵」
 帰り際に、本隆寺近くの浜辺に出て見た。道路の拡張や護岸工事で、ごく狭い浜辺であったが、赤みの深い細かい砂が美しかった。小貝がないかと探してみたが、見付けることはできなかった。しかし、ここに来る途中で立ち寄った常宮神社の宮司さんから、綺麗な「ますほの小貝」を数個頂いてきたので、これは良い記念になる。
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