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zoom RSS 奥の細道紀行 36. 山中

<<   作成日時 : 2015/01/15 17:18   >>

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・ 山中  (2014. 11. 29〜30.)
 七月二十七日(陽暦9月10日)小松から山中温泉に到着した芭蕉の、山中温泉滞在中の動静を「曾良随行日記」は次のように記載している。
『廿七日 ・・・山中ニ申ノ下刻着。泉屋久米之助方ニ宿ス。山ノ方、南ノ方ヨリ
 北ヘ夕立通ル。
 廿八日 快晴。夕方、薬師堂其外町辺ヲ見ル。夜にニ入、雨降ル。
 廿九日 快晴。道明淵、予、不往。
 晦  日 快晴。道明が淵。
 八月朔日 快晴。黒谷橋ヘ行』
二日・三日・四日は天候のことのみを記しており、五日は曾良に別れて『翁・北枝那谷ヘ趣』いている。芭蕉が山中で8泊した宿の主人泉屋久米之助は、当時14歳であった。芭蕉は「おくのほそ道」に『あるじとする者は、久米之助とて、いまだ小童なり』と記している。久米之助はこの時芭蕉に入門し、「桃妖」という俳号をもらった。
 私たちは、夕方山中に着き、ホテルに入る前に医王寺に行った。医王寺は、温泉街の西方、水無山の山麓にある真言宗の古刹である。行基が温泉守護のため一宇を創建、薬師如来像を刻んで安置したのに始まると伝えられる。芭蕉が廿八日に訪れた『薬師堂』とはこの寺であり、また桃妖の墓もここにある。境内に「山中や菊はたおらじ・・」の句碑がある。「菊をたをらぬ」は「菊を手折る必要もない位効能あらたかな」ということで、昔、慈童が酈県の菊水を汲んで八百歳の長寿を保ったという、謡曲「菊慈童」にある話を踏まえて詠んだものである。
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              「山中や 菊は手折らじ 湯の匂ひ」
 医王寺で、私たちは本堂に上がり参拝した後、資料室で山中温泉縁起絵巻や芭蕉が残していったという杖や芭蕉座像等を拝見しながら、所用で外出している住職の帰りを待った。芭蕉研究家といわれる住職は、間もなく急ぎ帰ってきて、寺の由緒や芭蕉との係わりなどを説明してくれ、芭蕉が山中温泉のその後の発展に如何に重要な人であったかを強調された。その後、住職は自慢ののどで「山中節」を唄ってくれ、私たちに山中節の第一声「はぁ〜〜」の発声指導までしてくれた。
 翌朝、私たちはこおろぎ橋から大聖寺川沿いの鶴仙渓遊歩道を散策し、また温泉街の中心地にある菊の湯・芭蕉の館等を見て回った。こおろぎ橋の手前に「かがり火に河鹿や・・」の句碑がある。このあたりの大聖寺川は山中八景の一つ「高瀬の漁火」として有名で、芭蕉もここで、かがり火を焚き川魚を捕る光景を見て詠んだものであろう。
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             「かゞり火に 河鹿や波の 下むせび」
 こおろぎ橋から渓谷に下り鶴仙渓遊歩道を500メートルほど下流に歩くと道明ヶ淵がある。芭蕉は、7月29・30の両日、道明ヶ淵に出かけた。蛟龍が棲み里人を困らせていたが、道明という僧がこれを退治したという伝説があるほど、この淵は深い。ここはまた「道明渕の秋月」として山中八景の一つに数えられる所、芭蕉も観月を楽しんだことであろう。ここにも、文久三年(1863)建立の「山中や菊はたをらじ湯の匂ひ」の句碑がある。更に下流にある黒谷橋を渡ると芭蕉堂があり、その脇には桃妖(久米之助)の句碑がある。
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            「紙鳶きれて 白根が嶽を 行方かな  桃妖」
 温泉街の中心地に共同浴場「総湯・菊の湯」がある。天平風造りの優雅な建物である(このページトップの写真は男湯)。奈良時代の高僧・行基が発見したのが1300年前。以来浴場の場所は一度も変わったことがないという。昭和の初めまで旅館には内湯がなく、浴客はみな「湯座屋」と呼ばれたこの総湯に入っていた。芭蕉が詠んだ「山中や菊は・・・」の句から、のちに「菊の湯」と命名された。芭蕉が「おくのほそ道」の中で『その効有間(有馬温泉)に次ぐ』と記して称賛した通り、わが国名湯の一つである。
 芭蕉が泊まった泉屋跡は、総湯・菊の湯の正面左前方にある呉服店の辺りで、「芭蕉逗留泉屋の跡」の碑が建ち、側面に「湯の名残今宵ハ肌の寒からむ」の句を刻してある。
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 私たちは、この後「芭蕉の館」を見学した。玄関前には、「おくのほそ道」の文と蕪村の「奥の細道画巻」の碑、さらに芭蕉と曾良の「師弟別離の像」などがある。芭蕉と曾良は山中温泉に八日間滞在したが、それは曾良の病気療養のためでもあった。結局曾良は恢復せず、伊勢の国長島の所縁の所へと師より先に山中を発つのである。
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 芭蕉の館では、館長から山中温泉と芭蕉の足跡等の解説を聞いたあと、山中節の名手という女性に山中節をたっぷり聞かせていただいた。この方は、どの様な方か聞けなかったが、古希も過ぎた私と同じくらいに見える年配の上品な女性であった。第一声「はぁ〜〜」と唄いだすと、その見事な美声と節回しの美しさに、私たちは皆うっとりと聞き惚れてしまった。



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