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zoom RSS 奥の細道紀行 29. 直江津〜高田

<<   作成日時 : 2014/11/15 16:17   >>

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・ 直江津  (2014. 10. 24.)
 出雲崎に一泊した芭蕉は、七月五日(陽暦8月19日)柏崎を経て鉢崎に泊まり、翌六日、今崎(直江津)に到着した。柏崎では宿泊予定地でトラブル(前回No.28参照)があったが、直江津ではどうであったか。 「曽良随行日記」によると『聴信寺ヘ弥三郎状届。忌中ノ由ニテ強而不止、出。石井善次良聞テ人ヲ走ス。不帰。及再三、折節雨降出ル故、幸ト帰ル。宿、古川市左衛門方ヲ云付ル。・・・・』という次第で、前日ほどではなかったが、若干のトラブルがあったようである。
 芭蕉は紹介状を持って聴信寺を訪れたが、喪中を理由にやんわりと断られてしまった。門前に住む石井善次郎がこれを聞いて再三呼びに来たが、芭蕉は例によって意地を張って戻らなかった。でも雨が降り出したので、これ幸いと戻って、善次郎に云われて古川市左衛門方を宿にとったのである。翌日は雨が止まないので出発を見合わせているうちに聴信寺に招かれた。再三辞したが遂に断り切れず応じて、夕暮れに及んだ・・・・。この間の様子を想像すると、私にはこの場面がドラマのように目に浮かんでくる。
 芭蕉は直江津に入る前に黒井宿の旅籠屋伝兵衛で休息している。私たちも直江津に入る前に黒井に立ち寄った。昔の宿場町の面影を残した街並みである(このページトップの写真)。ここに本敬寺という寺があり、境内に「寂しさや花のあたりの翌(あす)ならう」の句碑がある。
 直江津に入って琴平神社に行く途中、バスの車窓から聴信寺を見た。立派な寺であるが、境内に奥の細道に関するものは何もないという。寺の向かい側が石井善次郎の家があった所である。ここから南に少し行き、突き当りを右折して行くと、左側に小さな駐車場があるが、ここが芭蕉が宿をとった古川邸跡である。いまは標識も何もない。これらが、上記の「ドラマ」の舞台である。
 芭蕉は、古川市左衛門宅に宿をとり、その夜は土地の俳人たちと句会を催した。その発句が「おくのほそ道」にある「文月や・・・」の句で、この句碑が琴平神社にある。
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             「文月や 六日も常の 夜には似ず」
 琴平神社に隣接して「安寿姫と厨子王丸の供養塔」があり、説明版が建てられている。森鴎外の「山椒大夫」で有名な安寿と厨子王の物語である。山椒大夫に騙されて、母親と乳母は佐渡の二郎に、安寿姫と厨子王丸は越中の人買に売られ、別れ別れに舟に乗せられたのが、ここの辺り(目前が関川の河口)であったという。
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 芭蕉は直江津に2泊したあと、高田に行って3泊して越中に向かうのだが、越中に旅立つ前に直江津にまた戻って、五知如来・居多神社を参拝している。
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 五智国分寺は本尊に大日・薬師・宝生・釈迦・阿弥陀の五如来を祀り、「五知如来」と呼び親しまれている。山門(上の写真)を入って本堂に向かうと、右側に三重塔があり、その筋向い左側の石段の上に芭蕉句碑「薬欄にいづれの花をくさ枕」がある。
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 また、境内には親鸞聖人の配所竹ノ内草庵があり、銅像も建っている。越後国府に流罪となった親鸞聖人は流人として5年、その後2年間を妻の恵信尼とともにこの五知周辺で過ごしたという。裏門を出た先にある居多ヶ浜が親鸞聖人上陸の地で、公園として整備されている。
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・ 高田  (2014. 10. 24.)
 芭蕉は、直江津に2泊した後、高田に赴いた。「曾良随行日記」によると『八日・・・未ノ下剋、至高田ニ。細川春庵ヨリ人遣シテ迎、連テ来ル。春庵ヘ不寄シテ、先、池田六左衛門ヲ尋。・・・又、春庵ヨリ状来ル。頓而(やがて)尋。発句有、俳初ル』とある。細川春庵は高田の町医者であった。上記、細川邸の句会での芭蕉の発句が「薬欄に・・・」の句である。春庵は薬草を栽培し、庭は泉水その他美しい庭だったと言われている。
 細川春庵邸跡は信越本線高田駅前通りに面した所だといわれるが、正確な場所は不詳。バスでその前を通ったが、立派な商店街の一角である。
 私たちは、高田の郊外、金谷山公園に行った。駐車場手前の左側に「芭蕉の句碑」の標柱があり、石段を登っていくと桜の木の下に句碑がある。これは文化三年(1806)に建てられたもので、碑面の「い」が剥落している。
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              「薬欄に (い)づれの花を くさ枕」
 高田は日本屈指の豪雪地である。(1945年に高田測候所で記録した最深積雪377pは我が国気象台・測候所の最深記録)。私たちは、正輪寺の芭蕉句碑を見たりして高田の街を散策したが、冬期間の通路として作られた「雁木(がんぎ)」が延々と続き、どの家にも雪下ろしのため2階の屋根に登る梯子が造り付けられている。私はこのようなものを初めて見た。
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