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zoom RSS 奥の細道紀行 23. 出羽三山

<<   作成日時 : 2014/08/02 16:16   >>

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・ 羽黒山  (2014. 7. 10.)
 出羽三山というのは、羽黒山(436m)・月山(1980m)・湯殿山(1504m)の総称である。いま羽黒山には出羽神社、月山の頂上には月山神社、湯殿山の中腹には湯殿山神社がそれぞれ鎮座するが、月山・湯殿山は積雪により、冬季間参拝が不可能なため、羽黒山の出羽神社に三神を合祀して、三神合祭殿と称している。
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 最上川を船で下った芭蕉は、羽黒山麓の手向村に近藤左吉(呂丸)を訪れ、その案内で別当代会覚に閲した。そして南谷の別院に8日間滞在し、『有難や雪をかほらす南谷』 (「おくのほそ道」に記載)を詠んだが、これは南谷別院にとどめられたことへの感謝の思いを籠めた挨拶句である。
 出羽三山神社への参道の入り口には随神門がある。雨の中で見る随神門は美しかった。祓川の神橋を渡り巨杉の参道を行くと五重塔がある。日光東照宮のそれが極彩色の絢爛たるものなら、こちらは初めから白木づくりだった素朴な美しさである。平将門創建、最上義光修造と伝えられる東北最古の五重塔で国宝に指定されている(このページトップの写真)。
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 随神門から頂上の鳥居に至る参道約2キロの両側には、鬱蒼たる杉並木が延々と続いている。ここの石段は全部で2,446段あるといい、登るのはかなりきついので、最近は頂上までバスで行きコースを逆にとる人も多いらしい。私たちもその例に倣った。
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 頂上には、三神合祭殿のほか、修験道の山である羽黒山の開山といわれる蜂子皇子の陵があるが、その前庭に芭蕉の像と三山句碑が建っている。この三山句は、「おくのほそ道」本文に『坊に帰れば、阿闍梨の求めによりて、三山巡礼の句々、短冊に書く』に続けて記載してある芭蕉の三句である。
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              「涼しさや ほの三日月の 羽黒山」
              「雲の峰 いくつ崩れて 月の山」
              「語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな」
 なお、参道を登りきった所にある鳥居の傍に、羽黒山開山堂蜂子神社があり、開祖蜂子皇子のご尊像が祀ってある。この尊像は明治以来、秘中の秘とされ幻とも言われてきたというが、午歳御縁年の今年 4/29〜9/30 に限って、東日本大震災被災者に安心と希望を祈念して特別公開されている。私たちも、お祓いを受けて昇殿し、ご尊像を拝し大震災の復興を祈ってきた。
 帰りの路は石段を2,446段下りる参道である。私たち一行の殆どは、雨の中を元気に下りて行ったが、腰痛を抱える高齢な身である私は、雨で滑りやすい急坂を行くには体力的自信がなく、已む無くバスで下山し、五重塔付近で写真を撮りながら、一行が下りて来るのを待った。

・ 月山  (2014. 7. 10.)
 芭蕉は羽黒山の南谷滞在中に月山・湯殿山に行った。「おくのほそ道」の記載には、『八日、月山に登る。木綿しめ身に引きかけ、宝冠に頭を包み、強力といふものに導かれて、雲霧山気の中に氷雪を踏みて登る・・・』とあり、そして月山頂上で一泊している。「曽良随行日記」には『月山ニ至。先、御室を拝シテ、角兵衛小ヤニ至ル』とあるが、芭蕉の記載によれば、『頂上に至れば、日没して月顕る。笹を敷き、篠を枕として、臥して明くるを待つ』となる。芭蕉が月山に登った八日は陽暦だと7月24日(曽良随行日記では六日、陽暦7月22日)であり、私たちが月山を訪れた7月10日とほゞ同じ季節である。芭蕉が『氷雪を踏みて登る』と記したように、この時期まだ頂上付近には残雪がある。
 月山8合目までは車で行けるが、この道路の開通は7月から9月までであり、また道幅はあまり広くなくバスの交差はなかなか難しい。その為、混雑を避けて私たちはこの日、羽黒山参拝前の朝一番で月山に向かった。
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 私たちは8合目の駐車場から弥陀ヶ原を登って行った。ここ弥陀ヶ原湿原は「いろは四十八沼」と呼ばれる池塘付近を中心に高山植物の宝庫といわれる所である。期待していったのだが、悪天候のため池塘までは行かず、参籠所のある月山中之宮御田原神社に参拝して引き返した。ここまでの道でもニッコウキスゲやショウジョウバカマなどが散見されたが、風が強く、撮影どころではなかった。しかし、神社で休憩中に月山の雲が切れ、一寸の間だったが頂上を眺めることができたのは幸いであった。

・ 湯殿山  (2014. 7. 11.)
 芭蕉は、月山頂上で夜を明かした後、湯殿山に向かった。「おくのほそ道」には『日出でて雲消ゆれば、湯殿に下る』とあり、その後は『谷のかたはらに鍛冶小屋』や『春を忘れぬ遅桜の花』についての記載はあるが、湯殿山の神体・山容については何も記してない。湯殿山中のことは「語るなかれ」「聞くなかれ」と他言を禁じたおきてに従ったもので、『総じてこの山中の微細、行者の法式として他言することを禁ず、よりて筆をとどめてしるさず』である。
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 私たちは、羽黒山・月山参詣の翌日に、湯殿山に参詣した。ここは古来、出羽三山の奥宮とされ、修験道の霊地である。湯殿山神社の入口である大鳥居まで行くと、その先は一般車進入禁止である。さらに、専用バスで行く先の駐車場から奥は神域とされ、一切撮影禁止になっている。大鳥居の隣にある湯殿山参籠所で胡麻豆腐・山菜等の昼食膳(前日の昼食は羽黒山宿坊・宮田坊の精進料理)を頂き一休みした後、専用バスに乗り換えて行き、本宮に入った。
 参拝に際しては、履き物を脱ぎ、裸足になり、お祓いを受けてからお詣りする。ご神体は自然物で奇異な物であるが、それ以外の見聞きした事は芭蕉に倣って記載を遠慮しよう。行者に他言を禁じ、一般参詣者に写真撮影を禁じているのだから、「フォトエッセイ」の趣旨からしても、ここは記載しない方が良いと思う。
 ただ、御祓所の脇に建てられている芭蕉と曾良の句碑については、神官に許可を得て撮影してきたので掲載する。芭蕉の句碑は小宮豊隆の揮毫である。
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              「語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな」
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             「湯殿山 銭踏む道の 涙かな  曽良」



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