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zoom RSS 奥の細道紀行 8. 須賀川

<<   作成日時 : 2014/02/12 10:29   >>

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・ 須賀川  (2014. 1. 11〜12.)
 「おくのほそ道」須賀川の章は『とかくして越え行くままに・・・・左に会津根高く、右に岩城・相馬・三春の庄、常陸・下野の地をさかひて山連なる』とあり、白河の関を越えていよいよ本格的な奥州路へ踏み入れたのだという芭蕉の感慨が表われている。続いて『影沼といふ所を行くに、今日は空曇りて物影映らず』と記しているが、その影沼(鏡沼)跡は広い田園地帯の真ん中にある。その畔に芭蕉・曽良の像が建っているが、上記の山々を見渡しながら感慨を持って須賀川に向かう二人の雰囲気を良く表している石像である。
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 白河の関から須賀川に向かった私達は、先ず須賀川市立博物館に行った。そこでは若い女性学芸員の方から「須賀川と奥の細道」についてレクチャーを聞き、貴重な資料のプリントを頂いた。博物館の庭には芭蕉句碑がある。
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              「五月雨に 滝降りうつむ 水かさ哉」
 翌日12日は朝9時過ぎに芭蕉記念館に行き(このページトップの写真)、館長さんから説明を聞き1階の展示品を拝見した。2階にある和室の展示室は東日本大震災の被害を受けたままの状態で、立入禁止になっていた。この記念館はこの1月末限りで閉鎖され、やはり震災で崩壊した市役所と共に再建されるまで、仮の記念館に移るという。私は震災後に東北を訪れるのは今回が初めてだが、早くもこの須賀川で震災被害を目の当たりにすることになった。
 記念館を出た私たちは、ここから約2時間をかけて芭蕉の足跡を散策した。散策のコースは、芭蕉記念館・可伸庵跡・軒の栗公園・等躬屋敷跡・結の辻・長松院・神炊館神社・二階堂神社・十念寺である。神炊館神社や二階堂神社では倒壊した鳥居、石灯籠などが震災の大きさを物語っていた。
 芭蕉は須賀川で相楽等躬を訪ねて一週間滞在した。等躬宅跡は現在NTT須賀川局になっており、その裏手に可伸庵跡がある。そこには何代目かの栗の木が植わっていて、「世の人の みつけぬ花や 軒の栗」の句碑もある。
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 芭蕉も参詣した十念寺には参道脇に大きな句碑が建っている。
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              「風流の はじめや奥の 田うゑ唄」
 芭蕉は須賀川滞在中に石河の滝(乙字の滝)を訪ねる予定であったが、阿武隈川が雨で増水した為中止し、須賀川を立つ日に郡山に向かう途中で見物している。
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 ここにも滝の句碑があるが、博物館にあった句碑の「五月雨に」対して、ここの句碑では「五月雨の」となっている。博物館の「五月雨に」は、須賀川滞在中「芹沢の滝」に出かけた折に詠まれた句で、「五月雨の」はここ石河の滝で詠まれた句であるという。
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           「五月雨の 滝降うづむ 水かさ哉」 




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